カスタマーサポートのデータ分析によるCSAT向上と応答時間短縮事例
はじめに
企業の競争優位性を確立する上で、顧客体験の向上は不可欠な要素となっています。特に、顧客との重要な接点であるカスタマーサポート部門は、顧客満足度(CSAT)に直結するだけでなく、効率的な運用が全体のコスト構造にも大きく影響します。本記事では、ある大手通信サービス企業が、データドリブンなアプローチによってカスタマーサポート業務を改革し、CSAT向上と応答時間短縮という具体的な成果を達成した事例を紹介します。この事例は、データ分析が顧客接点における課題解決にいかに有効であるかを示す好例と言えます。
事例概要
本事例の対象となるのは、数百万人の個人・法人顧客に対し、インターネット接続サービスやモバイル通信サービスを提供する大手通信サービス企業です。同社のカスタマーサポート部門は、電話、メール、チャットなど複数のチャネルを通じて日々大量の問い合わせに対応しており、企業の顔として重要な役割を担っています。
直面していた課題
データ活用に取り組む前、同社のカスタマーサポート部門は、以下の複数の課題に直面していました。
- 問い合わせ量の増加とオペレーターの負荷増大: サービス利用者の増加に伴い問い合わせ総量が増え続け、オペレーター一人あたりの対応件数が増加し、疲弊が見られました。
- 応答時間の長期化: 問い合わせ量の増加や複雑化により、電話の待ち時間やメール返信までの時間が長期化し、顧客からの不満の声が増加していました。
- 顧客満足度(CSAT)の伸び悩み・低下: 応答時間の長期化に加え、FAQや自己解決ツールの利用率が低く、顧客が求める情報にスムーズにたどり着けないことがCSAT低下の一因となっていました。
- 業務効率の低下: 問い合わせ内容の傾向が不明確なため、適切な人員配置やオペレーター研修が効率的に行えず、生産性が低い状況でした。
- ナレッジ共有の非効率性: 問い合わせ内容と解決策に関するデータが十分に活用されておらず、オペレーター間での効果的なナレッジ共有が進んでいませんでした。
これらの課題は相互に関連しており、抜本的な解決にはデータに基づいた現状把握と改善策の実行が急務となっていました。
データドリブンなアプローチと具体的な取り組み
同社はこれらの課題を解決するため、カスタマーサポート業務のデータドリブン化を推進しました。その主な取り組みは以下の通りです。
- データ収集・統合基盤の構築:
- 電話IVRログ(待ち時間、放棄呼率など)、オペレーター対応履歴(通話時間、解決時間、後処理時間、エスカレーション件数など)、メール・チャットのテキストデータ、WebサイトのFAQ閲覧ログ、CSAT調査結果、顧客属性データなどを一元的に収集・蓄積するデータレイクを構築しました。
- 問い合わせ内容の分類と傾向分析:
- 過去の問い合わせテキストデータを自然言語処理(NLP)技術を用いて分類・構造化しました。これにより、「料金」「技術的な問題」「手続き」「サービス解約」など、問い合わせ内容の具体的な内訳と経時的な変化を正確に把握できるようになりました。
- 頻出する問い合わせ内容や、解決に時間を要する問い合わせ内容を特定しました。
- オペレーターパフォーマンス分析:
- オペレーターごとの対応時間、解決率、後処理時間、顧客からの評価(CSAT)などのデータを分析し、パフォーマンスのボトルネックとなっている要因(例:特定の問い合わせタイプへの対応に時間がかかる、後処理に時間がかかりすぎるなど)を特定しました。
- CSAT低下要因の深掘り:
- CSATが低かった問い合わせに焦点を当て、その内容、対応したオペレーター、対応時間、待ち時間などのデータを詳細に分析しました。これにより、CSAT低下に強く影響する要因(例:待ち時間が長い、複数回のやり取りが必要、オペレーターの知識不足など)を特定しました。
- FAQ・ナレッジベースの最適化:
- 問い合わせ内容分析とFAQ閲覧ログを突き合わせ、顧客がよく問い合わせる内容にも関わらず、FAQに情報がない、あるいは見つけにくい項目を特定しました。
- オペレーターの対応履歴から、効率的な解決策や頻出する対応手順を抽出し、ナレッジベースを更新・拡充しました。
- リアルタイムモニタリングと予測:
- リアルタイムの問い合わせ流入状況やオペレーターの稼働状況をデータで可視化し、適切な人員配置や休憩管理に活用しました。
- 過去のデータから特定の時間帯や曜日、プロモーション実施時の問い合わせ量を予測するモデルを開発し、シフト計画の精度を向上させました。
導入したデータ技術や分析手法
- データ基盤: クラウドベースのデータレイク(Amazon S3, Azure Data Lake Storageなど)、データウェアハウス(Snowflake, BigQueryなど)。
- データ収集・ETL: 各種ログ収集ツール、ETL/ELTツール。
- 分析ツール: BIツール(Tableau, Power BIなど)によるダッシュボード構築、Python/Rを用いた統計分析や機械学習モデル開発。
- 自然言語処理 (NLP): 問い合わせテキスト分類のためのライブラリ(例: spaCy, NLTK)、クラウドAIサービスのNLP機能。
- 機械学習: 問い合わせ量予測(時系列分析)、CSAT低下要因分析(回帰分析、決定木)、オペレーターパフォーマンス分析。
データ活用によって得られた具体的な成果・効果
データドリブンなアプローチの結果、同社のカスタマーサポート部門は顕著な成果を達成しました。
- 応答時間の短縮: 平均待ち時間が、データ活用開始前の平均 5.2分から2.0分へと、約60%短縮されました。これにより、顧客のストレスが大幅に軽減されました。
- 顧客満足度(CSAT)の向上: 定期的なCSAT調査における平均スコアが、データ活用前の平均 76ポイントから89ポイントへと、13ポイント上昇しました。特に応答時間の短縮や初回解決率の向上に起因する評価改善が見られました。
- 初回解決率の向上: オペレーターのナレッジベース活用や研修の最適化により、問い合わせ内容に対する初回解決率が72%から86%へと14ポイント向上しました。これにより、顧客が複数回問い合わせる手間が減少し、業務効率も向上しました。
- 業務効率の改善: オペレーター一人あたりの1日あたりの平均対応件数が、約35件から約45件へと約29%増加しました。問い合わせ内容の傾向把握に基づく適切な人員配置と、後処理時間の削減が寄与しました。
- エスカレーション率の削減: オペレーターのスキルアップとナレッジベースの充実により、上位部署へのエスカレーション率が18%から10%へと8ポイント削減され、専門部署の負担軽減につながりました。
これらの定量的な成果は、データに基づいた正確な現状把握と、ボトルネックに対するピンポイントでの施策実行が可能になったことの直接的な結果です。
成功の要因分析
本事例におけるデータ活用成功の要因は複数あります。
- 経営層の強いリーダーシップとコミットメント: データ活用への投資と文化変革の重要性を理解し、部門横断的な取り組みを推進したことが基盤となりました。
- 現場部門(CS部門)とデータ分析チームの密な連携: 分析結果を現場のオペレーションに落とし込み、現場からのフィードバックを分析改善に活かすサイクルが確立されました。単なるデータ分析レポートに留まらず、具体的なアクションにつながった点が重要です。
- 明確な目標設定とKPI設計: 解決すべき課題(応答時間、CSATなど)が明確であり、それを測るためのデータ指標(KPI)が具体的に定義されていたため、取り組みの方向性がブレず、成果測定が容易でした。
- スモールスタートと段階的な拡張: 最初から大規模なシステム構築を目指すのではなく、まずは特定の課題(例:応答時間)に焦点を当てたデータ収集と分析から開始し、成果を確認しながら対象データや分析範囲を拡大していきました。
- テクノロジーの適切な活用: 課題解決に有効なデータ技術や分析手法を選定し、専門家(データサイエンティスト、データエンジニア)が適切にツールを使いこなしました。
結論・教訓
このカスタマーサポートの事例は、データドリブンな意思決定が、顧客体験の向上と業務効率化という二律背反しがちな目標を同時に達成し得ることを明確に示しています。カスタマーサポート部門は、顧客の声、行動、オペレーターの対応など、膨大なデータを保有しており、まさにデータ活用の宝庫です。これらのデータを適切に収集・分析することで、隠れた課題を発見し、ボトルネックを特定し、データに基づいた最適な施策を実行することが可能になります。特に、応答時間、解決率、CSATなどの主要な指標を継続的にデータでモニタリングし、改善活動につなげることが重要です。
今後の展望
同社では、今後はさらにデータ活用を進め、以下の取り組みを計画しています。
- 問い合わせ内容の予測と自動振り分け: 過去のデータから問い合わせ内容を予測し、スキルセットに応じてオペレーターに自動振り分けることで、さらなる応答時間短縮と解決率向上を目指します。
- プロアクティブサポート: 顧客のWebサイト上の行動やサービス利用状況を分析し、問い合わせが発生する前に潜在的な課題を特定し、先回りして情報提供や支援を行うプロアクティブサポート体制の強化を図ります。
- 音声データの分析: 通話内容の音声データをテキスト化し、感情分析や特定のキーワード出現率を分析することで、オペレーター研修の質の向上や、潜在的な顧客不満の早期発見に繋げます。
本事例から得られる教訓は、あらゆる顧客接点において、データを深く理解し活用することが、顧客ロイヤリティ向上と持続的な事業成長のための強力な推進力となる、ということです。