製造業 フィールドサービス最適化データ分析がもたらすサービス収益・顧客満足度向上事例
はじめに
製造業において、製品販売後のフィールドサービスは、顧客満足度を高め、安定的なサービス収益を確保する上で極めて重要な部門です。しかし、突発的な故障対応、非効率な技術者派遣、適切な部品在庫管理の難しさなど、多くの課題を抱えている企業が少なくありません。これらの課題は、サービスコストの増大、技術者の稼働率低下、そして顧客満足度の低下に直結します。
本記事では、データドリブンなアプローチを通じて、フィールドサービスにおける非効率性を克服し、サービス収益と顧客満足度を同時に向上させた、ある製造業の成功事例をご紹介します。特に、予知保全とサービスリクエスト管理を組み合わせたデータ活用が、いかに具体的な成果をもたらしたかに焦点を当てます。
事例概要
本事例の対象となるのは、産業機械を製造・販売し、国内外に設置された機器に対する保守・修理サービスを提供している中堅の製造業A社です。A社は、多種多様な機器を扱っており、顧客は様々な業種にわたります。フィールドサービス部門には、熟練した技術者が多数所属しており、広範囲の顧客からのサービスリクエストに対応しています。
直面していた課題
A社がデータ活用に取り組む前、フィールドサービス部門は以下のような深刻な課題を抱えていました。
- 突発的な故障対応の多さ: 機器の故障が突発的に発生し、緊急対応が頻繁に必要となるため、計画的な保守業務が進まず、技術者のスケジュールが常に逼迫していました。
- 非効率な技術者派遣: サービスリクエスト発生時に、技術者のスキル、位置、スケジュール、移動ルートなどを総合的に考慮した最適な派遣計画が立てきれておらず、移動時間や待機時間が多く発生していました。
- 部品在庫の不均衡: サービス拠点の部品在庫が、実際の需要予測に基づかない経験則で管理されていたため、必要な部品の欠品による再訪問や、過剰在庫によるコスト増が発生していました。
- サービス収益の伸び悩み: 突発対応中心の業務では、計画的な高付加価値サービス(予知保全サービスなど)を提供しにくく、サービス部門全体の収益性が課題となっていました。
- 顧客満足度の改善余地: 故障発生から修理完了までのリードタイムが長く、また部品欠品による再訪問が発生するなど、顧客体験において改善の余地がありました。
これらの課題は、サービスコストの増大、技術者の疲弊、サービス品質のばらつきを引き起こし、A社の競争力に影響を与え始めていました。
データドリブンなアプローチと具体的な取り組み
A社はこれらの課題を解決するため、サービス業務におけるデータ活用を抜本的に強化することを決定しました。彼らが取り組んだ主な内容は以下の通りです。
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統合データ基盤の構築:
- 稼働中の機器に搭載されたセンサーからのリアルタイムデータ(温度、振動、稼働時間など)
- 過去の保守・修理履歴データ(故障内容、原因、修理時間、使用部品、技術者情報など)
- 部品在庫データ(各拠点・倉庫の在庫数、入出庫履歴)
- 顧客データ(契約内容、設置場所、連絡先、過去の問い合わせ履歴、顧客満足度評価)
- 技術者データ(スキルセット、資格、位置情報、スケジュール) これらの様々な種類のデータを一元的に収集・蓄積・管理するためのデータ基盤を構築しました。
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予知保全モデルの開発と導入:
- 機器のセンサーデータと過去の故障履歴データを分析し、機械学習モデルを用いて機器ごとの故障確率や予測時期を算出する予知保全システムを開発しました。
- この予測結果をフィールドサービス部門と顧客に通知し、突発的な故障が発生する前に計画的な予防保守を提案・実施できるようにしました。
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サービスリクエストと予知保全を統合した派遣計画最適化:
- 顧客からのサービスリクエスト(緊急修理、定期保守)と予知保全システムからの予測情報をリアルタイムで統合しました。
- 技術者の現在位置、スキル、スケジュール、および移動ルートを考慮し、複数のサービスリクエストと予知保全タスクを効率的に組み合わせた最適な技術者派遣計画を自動立案するシステムを導入しました。これにより、技術者の移動時間や非稼働時間を最小化しました。
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部品需要予測と在庫配置最適化:
- 過去の保守履歴、予知保全予測、および地域ごとの機器設置状況を分析し、将来的な部品需要を予測しました。
- この予測に基づいて、各サービス拠点や倉庫に必要な部品を適切に配置・補充する在庫管理システムを構築しました。
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顧客向けセルフサービス機能の拡充:
- 顧客が自身の機器の稼働状況や予知保全の予測情報を確認できるポータルサイトを提供しました。
- 過去の修理事例やFAQデータを分析し、顧客が自分で解決できる情報(トラブルシューティングなど)をポータルに掲載することで、軽微な問い合わせを削減しました。
導入したデータ技術や分析手法
- データ収集・統合: IoTプラットフォーム、データレイク、ETLツール
- データウェアハウス: 分析用データマート
- 分析手法:
- 時系列データ分析(機器センサーデータのトレンド分析)
- 機械学習(分類/回帰アルゴリズムを用いた故障予測モデル)
- 最適化アルゴリズム(技術者派遣計画、ルーティング最適化)
- 需要予測(統計モデル、機械学習モデル)
- 自然言語処理(顧客問い合わせ内容、保守報告書の分析)
- 活用ツール: BIツール(Tableau, Power BIなど)、分析プラットフォーム(Azure ML, AWS SageMakerなど)、最適化ソルバー、サービス管理ソフトウェア (Field Service Management System)
データ活用によって得られた具体的な成果・効果
これらのデータドリブンな取り組みにより、A社はフィールドサービス部門で以下の具体的な成果を達成しました。
- 突発的な故障対応コスト: 年間18%削減 を実現しました。予知保全による計画的な予防保守の比率が増加したためです。
- 技術者の移動時間: 平均15%短縮 されました。最適なルーティングと派遣計画により、効率的な移動が可能になったためです。
- 年間サービス収益: 22%向上 しました。これは、計画的な予防保守契約の増加と、技術者の稼働率向上による対応件数の増加によるものです。特に、予知保全によって高付加価値なサービスを提供できるようになったことが貢献しました。
- 部品在庫保有コスト: 10%削減 しつつ、同時に部品の欠品率は15%減少 しました。精緻な需要予測に基づく在庫配置が奏功しました。
- 初回訪問時解決率 (First Time Fix Rate): 従来の75%から88%へ向上 しました。適切な技術者と部品が準備された状態で訪問できるようになったためです。
- 顧客満足度 (CSAT): 5ポイント上昇 しました。故障発生前の予防保守、迅速な対応、初回訪問での解決率向上などが顧客体験を改善しました。
- 技術者一人当たりの対応件数: 年間12%増加 し、技術リソースの有効活用が進みました。
これらの成果は、フィールドサービスにおけるデータ活用の強力なインパクトを明確に示しています。コスト削減だけでなく、収益増加、効率化、そして顧客満足度向上という、多岐にわたるビジネス指標が改善されました。
成功の要因分析
本事例の成功要因はいくつか挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: フィールドサービス改革を経営戦略の重要な柱と位置づけ、必要な投資と組織変更を後押ししました。
- データ基盤の整備: 分析の基盤となる、信頼性の高い統合データ基盤を構築したことが、様々な分析や最適化の精度を高めました。
- 部門横断的な連携: サービス部門、IT部門、サプライチェーン部門が密に連携し、共通目標に向かってデータ活用を推進しました。特に、現場の技術者からのフィードバックを予知保全モデルや派遣計画の改善に活かしたことが重要でした。
- 段階的な導入と改善: 全ての機能を一度に導入するのではなく、予知保全、派遣計画最適化、部品在庫最適化と段階的に導入し、その効果を確認しながら改善を続けたアプローチがリスクを低減し、現場への定着を促しました。
- 技術者へのトレーニングとサポート: 新しいシステムやデータ活用の重要性について技術者への十分なトレーニングとサポートを提供し、ツールの利用を促進しました。
結論・教訓
この製造業の事例は、フィールドサービスにおいてデータドリブンな意思決定がもたらす大きな可能性を示しています。単なる修理対応に留まらず、機器の稼働データやサービス履歴、技術者情報などを統合的に分析し、予知保全や派遣計画、部品在庫を最適化することで、コスト削減、効率化、収益増加、顧客満足度向上という多角的な成果を達成することが可能です。
特に、予知保全は突発的な故障対応から計画的な予防保守へのシフトを可能にし、これがサービス品質の安定化と高付加価値サービスの提供に繋がり、収益構造の改善に大きく貢献しました。
今後の展望
A社は今後、予知保全の対象機器や予測精度のさらなる向上を目指すとともに、AIを活用した遠隔診断や、AR/VR技術を用いた技術者支援など、最新技術とデータ活用を組み合わせることで、サービスの領域をさらに拡大していく計画です。また、収集したデータを製品開発部門にフィードバックすることで、より信頼性の高い製品設計への貢献も視野に入れています。
この事例は、フィールドサービスが単なるコストセンターではなく、データ活用によって収益を創出し、顧客との関係を強化する重要なプロフィットセンターとなり得ることを証明しています。他の製造業や、フィールドサービスが重要なビジネスを占める企業にとって、データ活用推進の強力な参考となる事例と言えるでしょう。